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人と接する際に演技をする、というのはあまり聞こえが良くないが
実は大間違いだ。

ここでの「演技をする」というのは
暗黙に「自分を良く見せようと繕い、普段とは違う嘘の自分を見せること」という捉え方だ。

しかーし、ケロロの考え方は間逆である。間逆。

演技力とは「伝える力」であり「表現力」であり「プレゼン力」である。
ゆえに自分の気持ちを伝えたいならばそれを伝える演技をするべきなのである。

照れくさいからといって、ぶつくさ棒読みの発言で相手に気持ちが伝わるわけあるまい?
どうすれば相手に伝わるか、どう表現すれば理解してもらえるのか?
それはその人の演技力にかかっている。
演じるのは表現することなのです。
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前回、前々回を踏まえて。

スケジュールが嫌いなあなた。
スケジュールに押しつぶされそうになる君。

そもそも「タスクと向き合う勇気」がありますか?
スケジュールを立てたときと立てないときのタスク達成度を比較したことがありますか?

タスクに向き合う気が無いならタスクを負ってはいけません。ただの無責任です。
気が向いたときにスケジュールを立てて、それでタスクの多さに愕然とした人は幸福です。
なぜなら、それだけあなたが緊急状態であり、それを認識することが出来たからです。

たしかに面倒くさいタスク達と向き合うのはテンションが下がるし、
その難易度が高かったり分量が多かったりすれば
その「現実に対する恐怖」から目を背けたくなるのは人間の心理です。

ここで第1回目の記事が活きてくるわけです。
一度背後に回してしまうと、振り向くのが恐ろしくなってしまうということなんだ。
背後でタスクたちがブクブクと膨れ上がる気配。
これは以前生物が暗闇を恐れることとそのまま繋がっています。

暗闇は光を当てればよかった。
背後のタスク達は「向き合った状態」で「正当に評価」する必要がある。

背後に積もったタスクは「過小評価という言い訳」によってそこに存在し、
「過大評価という恐怖」によって振り返り向き合うことを困難にしている。

これくらいの仕事はすぐに終わる、そういいながら大量にあとまわし。
あの仕事は実は面倒くさいから、あまりやりたくないからとさらにあとまわし。

背後に置く前と置いた後での評価が変わっていることに自分自身気づいているだろうか?
タスクの難易度はそこで決定するのであろうか?

結局はその仕事の難易度や面倒くささをしっかり分析できていないところにその問題がある。
その仕事がすぐに終わるというのであれば、実際にどれくらいの時間を要するのか?
面倒くさいとは具体的にどこら辺がなぜ面倒くさいのか?

突き詰めて分析をすることによってタスクを「定量的かつ正当に評価」することが出来る。
定量的にするとは先ほど述べた具体的に時間で測るなど数値等で比較可能にすること。
この定量化の作業は漠然とした恐怖を取り除くと同時に、自分のタスクをこなす能力の向上計測に使える。

そうやってスケジュールを定量化し、パズル的に組み合わせることで
一日の余白はきちんと整理することが可能になる。

そうすれば後の時間は自分の勉強をするなり趣味に没頭するなり自由ではないか。

現在のスケジュール帳を見つめなおして、
自分がタスクに支配されていないか、時間を自分で支配しているかを分析してみることをお勧めすりゅ。

人間は背後から誰かに追われるのをかなり恐れる生き物である。

怪談に「背後」といった表現が多いのも、この感情を利用しているのではあるまいか。

1.背後霊
2.背後からヒタヒタと足音が・・・
3.背後にヒトの顔が・・・

背中は二足歩行する人間にとって完璧無防備な部分であり、
無意識に守ろうとする気持ちが背後への警戒心・恐怖心となって現れる。

また生物において背後から襲われる際は不意か逃走中かのいずれかが大半であり、
後者を取り上げるとするならば実際「追われる」という意識は恐怖である。

とまぁこれまでは生物としての捕食活動に基づいた話をしたわけであるが、
今日の本筋とは若干違う。

人間の普段の生活で「追われる」ことはかなりおおい。
それは「時間」であったり「スケジュール」であったり、実体を伴わないものが多いようだ。
だからこそ厄介であるとケロロは考えるんだな。

一時期ケロロはスケジュールを立てるのが大嫌いだったのです。
なぜかというと、スケジュールを見たときにその時間決めされたタスクに潰されそうだったから。
タスクもスケジュールもその感覚は背後から迫ってくる。
ゆえに自分で立てたスケジュールに潰されるなんてことも起こりうるわけだ。
スケジュールを立てない人から多く聞く意見であるが、ケロロ自身経験済みなので理解できる。

がしかし、現在ケロロはスケジュールを立てることに「快感」すら覚えている。
いったいケロロに何が起こったのか?!

つづく。
お金も時間も「まとまっている」というだけで「価値」である。

細切れ合計の2時間では映画は見れないが
まとまった2時間であれば集中して映画に浸ることが出来る。

夏休みというものは言ってみればまとまったお金に相当し、
たまりにたまった細かいタスクをいっぺんにこなすためのものではない。

使い方は人それぞれであるが、まとまっているということを意識したいところだ。
ケロロはどうするのかって?
旅行と勉強と日雇いアルバイト!
普段の研究生活では絶対に出来ない時間配分を堪能しようと思います。うん。
人間の脳には好きなものが2つある。

「湧水」と「ブランデー」の2つが大好きなのだ。

別にブランデーの水割りを飲めといっているわけではない。
ここでいう「湧水」とは「ひらめき・新しい発想・決心」を表し、
「ブランデー」とは「練りに練った自分だけのメソッド」を表す。

「ぬるい水道水」や「昨日樽に入れたブランデー」なんてのは
脳の中に貯めていてはいけない。
特に前者は常に水を換える必要がある。
後者はインプットとアウトプットのサイクルで熟成させる必要がある。

ブランデーはそのまま自分の活動の「安全領域」となり、
その安全領域で「湧水」はとどまるところを知らない。

そのサイクルを見つければそのままそれが唯一性となり
強力にモチベーションをアシストしてくれるはずだ。
最近うちの両親が心配してます。

「学生活動なんかして勉強は大丈夫なの?
  ちゃんと先生の言うこと聞いて、研究に専念したら?」

先生の言うこと聞いて研究に専念したら
立派な研究者になれる保障でもあるんですか?

いえ、まったくありません。
保障は自分でするものです。

研究者を目指す自分としては、
大学は様々な理論等を勉強するところではなく
「どのように研究・勉強すべきか」を学ぶところなのです。

それこそ大学の授業で習ったことが
そのまま社会で使える保障こそ存在しません。
あくまで基礎知識。あくまでツール拡張の問題。

大学の中だけで勉強したことを極めた先に待っているのは
「万能な駒」ではないだろうか?

一見その優れた能力により一目置かれる存在になるが、
志もポリシーも哲学も無い奴は単に使われるだけの「駒」に成り果てる。

机に向かって勉強していてそれが手に入りますか?
お知り合いとお酒飲んで騒いで、それが手に入りますか?
どれだけ重要なことなのか理解し、意識できるか?

志を持つのは簡単。維持するのが困難。
どうやって維持するのか?
自分の考えていることは正しいのか?

常に自問自答を繰り返し、アウトプットとインプットを繰り返す。
「人間」と「能力」を同時に磨かなくては意味が無い。

「能力」だけを伸ばすと頭でっかちの「駒」になる。
「人間」を伸ばせば「能力」を渇望するようになる。
「人間を伸ばす」とは「自分の至らなさを常に痛感する」ことであり、
そのための努力を惜しまないことに他ならない。

そういった点でケロロは「駒」にはなりたくないんだ。
生まれて初めて寝起き3秒後に仕事を始めた。

なにか切羽詰っていたわけではない。
まぁ切羽詰っているといえば詰まってはいるんだが。

ここでも面倒力が役に立った。

「眠いのを耐えて仕事しようか、それとも二度寝しようか」
という無限ループしそうな悩みにさいなまれるのが
「面倒くさい」のだ。

そもそも選択肢を「考えなくてよい」というところがポイント。

またここで注意なのが「絶対二度寝はしないぞ!」なんて
意気込まないこと。二度寝という単語を頭で思い浮かべてはいけないのだ。

眠いという体からのメッセージを受け入れながら、
後で二度寝してもいいから「とりあえず」仕事に着手するという
イメージとシナリオを無意識に行う。

人間は「別に○○してもよい」なんて考えるとかえってやらない。

まぁあとでもっかい寝るかー、なんて考えながら仕事を始めてしまえば
なかなか二度寝なんてしないものなのだ。うん。

ということでサミットまで1週間切ったぜー!

http://circle.cc.hokudai.ac.jp/unisummit08/index.html
闇を恐れる生物は多く、人間もその一種である。

闇を恐れるのは夜行性生物に襲われる危険を本能的に知っており、
人間が闇を恐れるのもその名残なのだとか。

加え、闇は視界がきかず「何が居るかが不明」ということもあり
さらにその恐怖をかき立てるわけだ。

不明は不安を呼び、その不安がさらに恐怖をかき立てる。
人間は「不明」が苦手らしいね。
ミステリアスというのとはまた違う。

人間の生活に潜む「不明」の数々は大きなストレスの呼び水となる。

いつ終わるか不明の残業。
何を考えているか不明の同僚。
うっかり迷い込んだ行き先不明の道路。
進路不明の受験生。

ただ、不明なだけであれば光を当てるだけで「不明」では無くなる。
光の当て方を知っている人だけがストレスから解放されるわけだ。

数字への落とし込み
選択肢のリストアップ
地図、カーナビなどによる現在位置の把握
先人達とのコミュニケーション

光の当て方は場合によって様々。
光を当てることさえ出来れば、闇を満喫することも出来るわけだ。

満天の星空、蛍の群れは闇によってのみ堪能することが出来る。
最近は良い天気ですねぃ。

ケロロは暖かくて天気のいい日を選んで
北大の農場付近で一人瞑想しております。

川端に一人腰掛けてじっとしていると様々な生物が集まってくるんだな。

ゲンゴロウ
カモのカップル
ドジョウ
フナ
アメンボ
カエル

おたまじゃくし

特に小さな彼らになると、歩いている時には確実に見る事は出来ない。
じっとして自然とシンクロしているからこそ彼らが見える。

その状態で深く深く大地に神経の根を張ることがとても心地よい。

たまに服の上をクモが這い上がってくることがある。
普段であればビビッて払いのけるところであるが、
なんだかそんな気がしないのが不思議。
彼はしばらく私の上をそぞろ歩きした後、やがて草むらへと帰っていった。


札幌にもこんなに自然があったんだね。
今日は有意義な意見を聞いた。

「貫禄とかオーラって言うのは、どれだけ苦労したかじゃないかな」

だそうだ。
なるほどね。

苦労って大きく分けて2つあると思うんだ。
与えられた仕事をやっつけるために追い込まれる苦労。
労働の中からチャンスを常にうかがい続ける狡猾さから生まれる苦労。

こなす苦労とかっさらう苦労。
前者の分量が多い人は今一度自分のノルマを見直すべきじゃないかな。

その苦労がくだらんプライドになるか高潔な誇りになるかで
その人にオーラが出るかどうかが変わってくるはずだ。
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photo by 七ツ森  /  material by 素材のかけら
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