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「わかる」という言葉の意味は
わかりそうでなかなかわからない。

「わかる=理解する」
ということなのであれば、
「理(ことわり)を解く」ということなのであろう。

「わかる」という単語そのものを自ら「理解」していなければ、
ありとあらゆることを理解することはできず、理解させることもできない。

新たな知識を理解することを想定するならば、
なぜ理解することが困難であるかを理解せねばならない。

自らにとっての新たな知識とは言い換えるならば
「陸の孤島」ならぬ「知識の孤島」「脳の孤島」である。

例えるならば、「非常識」は「常識」というカテゴリがなければ存在しえない。
ゆえに、一般にいうところの「非常識な人」というのは
自らの「識」が「社会的孤島」であることを理解せず、
理解しないがゆえにその「識」が自らにとっての「常識」たりえるのだ。
逆にいえば、「常識人」とはその常識そのものが「大きな孤島」と捉えることも出来る。
大きな「常識」が孤島になる可能性を秘めていることを理解せねば、
「非常識」はただの「識の外」にしかならず「非常識」を理解することも出来ない。

実際に日本の技術をはじめ、多くの分野で「ガラパゴス化」が見られるというのは
ここに起因すると考えることが出来よう。

では「わかる」ために「知識の孤島」を脱することは可能だろうか。
個人レベルでそれを達成することはさほど困難なことではない。
そのためには孤島を理解し、孤島が孤島である理由を理解すればよい。

孤島は孤島であるがゆえに自らを評価することが困難である。
自らが長身であるかどうかは他人と比較せねば評価できない。
評価して初めて、自らが長身であることを理解できる。
その時点で自らの知識が「長身」というカテゴリとの交通網を確立できる。
いつしかそのカテゴリは自らの知識に内包され、年月を経て孤島へと変貌を遂げる。

密林の奥地に住む先住民達にブログを理解させることは至難の業である。
彼らにとってブログとは完璧な知識の孤島である。
ブログを家や狩猟の道具、雨や木で評価することが困難だからだ。
がしかし、家があるならば電話を理解させることは出来るかも知れない。
誰かと話をするために家を出ねばならないという面倒を解消する便利なものがあると。
もちろん通信や電気などをいちいち理解する必要などここにはない。
「家」「言葉」「仲間」といった知識があればなんとか評価することが出来るからだ。
電話が理解できればFAXも理解できるかもしれない。
FAXが理解できれば・・・
といったように、いくつもの知識の孤島へ交通網を作り
最終的にブログを評価するだけの交通網が完成する。

なぜ「わからない」という現象が生じるのか。
それは「理解したいモノ(孤島)」へたどり着くために、
どの孤島からどの孤島へと歩めば目的の孤島へたどり着くかが見えないからである。
いくつもの交通網を経て人間はモノを理解する。

「何がわからないかがわからない」といった現象は
どこか遠い孤島で道に迷った状態をいうのかもしれない。
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